2022/1/22-2

(オマケの家語教室 pro 再び)

傭兵の話から始まって最後はボギーの決め台詞で終わった前回のお話に

「一体何が言いたいのだ」

と思われた方も多いかと思います。

なので、再び傭兵の話に。

わが国では歴史上、傭兵というのは余りなかった様に思われます。

お殿様が自領の農民を足軽に仕立てた事はありましたが、それとて遠征も含めてすら「自領の為」の話ですし黒澤監督の村の用心棒で「七人の侍」というのもありましたがあれは架空のお話。

要するに「戦闘スキル」を「切り売りする」という発想がなかったのだと思います。

ところが海外ではこの発想が大いに盛んであった様です。

例えば経営スタイル。

もっと言えば雇用関係のスタイル。

それを目の当たりにし自らも経験したのは2000年頃でした。20世紀最後の年から。

まず、劇的に変わったのは社内の雰囲気。

よく言えば引き締まった、ですが悪く言えばギスギスしだしました。

原因を今の自分目線で言えば「人柄重視」から「スキル重視」

性格が多少悪くても腕を優先する。

次に「長期的見方」から「短期的見方」換言すれば「兎に角まず当期の成績」に。

「これで2,3期はいったん凹んでもその後盛り返せばいいんでないの?」という見方から兎に角「毎期右肩上がり」が求められその成績が悪いと直に飛ばされるので、

「後任の事なんか考えてられるか。自分の任期中だけよければいい」

になってしまったのです。

指示を出す方も「そこ迄あんたがいぅなら遣ってみなはれ。気のすむ迄」から「納期金額、いついつ迄に幾ら幾ら、納期、金額厳守、厳守で、必達必達」に代わってしまいました。

マーケティングの方も「お客様」という「全人把握」から属性切り分けでシーン毎の「部分把握」へと。

要するに日本的経営からアメリカ的経営に変わってしまったのです。

「全人格はいらぬ。スキルだけ寄こせ。金は払うから」

その裏には

「スキルにだけ金を払う。だが他の部分は自分で何とかしろ」

がありました。

ですが裏の部分を聞かなかった人が多かった様です。

その結果いいとこ取りをして

「スキルには高額を払ってくれ。だけど今迄通り全人部分の面倒も見てくれる筈だよな」

と勝手の思い込んだ末に最後になって

「会社はスキルに金を払っただけだ。なくなれば用はない」

という結末に。

(海外の雇用者はその点、こちらも割り切っていてスキルは売るが、俺の責任は俺が追うから心条には手を出すな、でした)

海外経営の考え方は飽く迄も「傭兵」思考なのです。

職業軍人思考でも「家族的志向」である筈もないのです。

アメリカ流経営者とはいわば「ファンドマネージャー」みたいなもんです。

決算期毎に投資家(株主)に対して要求された最大利益を弾き出す。その為ならどんな非人情、非道もする。

それがプロ(経営者)

それに対して我が国古来のプロとは「玄人」

酸いも甘いも嚙分けた「情け深い親分」を指しているようです。

American style “Pro” is dry and skillful.

Japanese style one was (not “is”) neitherdry nor wet but deeply heartful,

I think.

2022/1/22

(オマケの英語教室 pro

「ボギー、ボギー。あんたの時代はよかった」という沢田研二の歌詞を突然思い出し、そのボギーである渋い男の代名詞みたいなハンフリー・ボガードの映画「カサブランカ」の連想から、サハラ砂漠の「外人部隊」を思い出しました。

外人部隊というのは要するに「傭兵集団」で、わかり易く言えば「雇われ兵の集まり」です。

国を問わずお金で動く「戦闘のプロ」

この傭兵を英語に直訳すれば

hired soldier

taxi(タクシー)やhire(ハイヤー)でお馴染みのhireの受身形がhiredで、それに兵士であるsoldierをくっつけてhired soldierという訳です。

(蛇足ですが同じ「雇う」でも古城的に屋というのがemployであるのに対してhireは一時的に、の感が強い様です。わが国では前者を「雇用」といい後者を「求人」というのが常です)

一方この傭兵に対して「職業軍人(professional soldier)」というのがあります。兵役制度で徴兵された軍人に対して軍人である事を恒久的な職業(それで飯を食っている)としている人の事です。

要するに軍人をする事でお金を得ている人達。

では、同じお金の為に働く傭兵と職業軍人とでは何が違うのかと言えば「自国の為」が職業軍人で「国を問わずに」が傭兵という事になります。

別の言い方をすれば忠誠心(mind of royalty)の差ともいえそうです。

ところでここに出てきたprofession又はその形容詞形であるprofessionalという言葉。

前者は

What`s your profession?

と言えば「あなたのご職業は?」

になりますし。

後者はわが国ではよく

「プロ中のプロ」とか

「アルバイトと謂えどもお金を戴いている以上はプロ意識を持て」

とかいう使われ方がされます。

職業倫理に関する所謂「プロ意識(professional mind)」の話。

もっと身近な例では「プロ野球」とか「プロレス」があります。

前者は昔社会人野球との区別の為に「職業野球」等という言われ方もしておりました。

又プロレスはprofessional wrestling の略で自分の子供の頃は力道山とか噛みつきブラッシー何かが有名でした。

因みに相撲の力士はsumo wrestlerです。

話を元に戻しましょう。

ここで出てきた

Profession

という言葉を分解してみると

Pro + fession)となります。

Propreと同じで「前で、前もって」の意味を表します。

ではfesとは何か?

これ又毎度ながら辞書を引かずに二つの可能性を想像してみました。

Fesfestival(お祭り)ではないか?

今一つはfess up(自白する)では?と。

前者であればリオのカーニバルからの連想で「お祭りを目一杯楽しむ為に前もって稼ぐ」のが「職業」pro(pre)+fes.

後者であれば「報酬を戴く前に自分の力量を自白(=自己申告)する」のが「職業(意識)」pro(pre)+fessup

余談)

冒頭のカサブランカでの一シーン

女が

「昨日はどうしていたの?what were you doing, yesterday?

ボギーが

「そんな昔の事は覚えちゃいないdon`t know so far past

「明日はどうしているの?what will you be doing,tomorrow?

「そんな先の事は分からないdon`t know so far future

シビレました(全て自己流英訳)

「いつか大人になったら女の前でこのセリフを使ってやる」

そう思いました。

英語学習のきっかけなんてそんなもんです。要するにスケベ心でした。

2022/1/20

(うときゅういっきの「これからは」 お互い、だるまさん状態の仕掛けあいっこはやめませんか?)

最初から要求レベルが高すぎるとロクな事にはなりません。

参加者が大幅に減るからです。

可能性のある人をスポイルしたり、スロースターターの可能性をも鼻から排除してしまったりする事になるからです。

最初から完成形を求めても同じことです。

参加者や志願者の意欲を減退させ、参加できていれば育ったかもしれない「可能性の芽」をチャレンジの開始前に摘んでしまうからです。

大工の親方がその日やってきた弟子に自分と同じレベルの技量と職人哲学を当日に求めているようなことです。

仮にもしその弟子が何十年と掛かった親方の修行をその場その時に達成したらどうするのでしょう?その棟梁は。

そんなことはあり得ないし、あってもらっては困るくせに、それをいきなり求めて「近頃の若造はなっとらん」というのはある意味卑怯ですし意地悪でもあります。

なのに、

わが国ではこういった事態がそこかしこで横行し、若い人に代表される新参者は困り果て、気の弱い人は鼻から参加自体を自重してしまいます。

なので、人を育てようと思うなら原理原則は

「初めのバー(とっかかり)は可能な限り低く設定する」

ことが肝要でしょう。

後は

「徐々にそのバーを引き上げていく」


「徐々に引き上げず同じレベルを保つなら達成までの時間を長くとる」

ことが大切でしょう。

とにもかくにも、初めから高すぎる要求を突き付けたり、鼻から完成形を相手に求めたりしてもロクなことにはならないことだけは確かです。

前年同月比売上10%アップを「チャレンジ予算」というならまだ「何とか達成しよう」という気にもなりますが前年同月比50%アップを「チャレンジ予算」というと構成員は「これは他人事だ。聞き流しておくしかない」と初っ端からやる気をなくしてしまうのが世の通例です。

それは

「もし自分が言う立場ではなく、言われる立場だったらどうか?」

を想像してみればすぐにわかることです。

「手も足も出ない」

ことが、すぐにわかるはずでしょう。

ですので、

お互い自国民同士の、手足を出そうにも出せない「だるまさん状態」の仕掛けあいっこみたいな意味不明で無益なことはいい加減やめることに致しませんか?

言い出した手前、まずは最低限、言い出しっぺの自分はやめることに致します。

2022/1/15

(うときゅういっきの「オマケの英語教室」上げ膳据え膳、逆効果?)

今から10年程前インターネットのある書込みで以下の様な投稿を見て驚きと感銘を受けました。

その記事は別に英語について書いてあった訳ではないのですが、それを英語教育に置き換えて記してみます。

「英語を教えるのに大学教授レベルになる迄やってはいけないというなら飛んでもない時間がかかるし、又教授する側の人口も非常に限られたものになる。しかしもし今の自分が英語に関して知っているレベルが他の何人かの人に対して少しでも多ければ、その差分だけは知らない人に教える事ができるし、教えたっていいのではなかろうか。何も10年先を待つ必要はない。今からだっていいし、完成を待たずに途中から始めたっていい。歩きながら作り上げていけばいいだけだ。なので、自分はまずは今から何かを始める事にしております。そうすれば教授する側の人口が爆発的に増える事になり、正誤の戻り差分を除いても、全体としては底上げという意味で案外いい結果が出る様な気がする」

と。

それもあって今から5年程前にネパールカリー屋「ナマステエブリバディ」を始めたと同時に辞書を置かない考える英語教室「すすき野留学」を開校しました。

そうして仕事をする中でアジア系の外国人と接する中で

「英語を母国語としない外国人が英語を学ぶ方法としては、むしろ上述のケースの方が遥かに多い様だ」

と思うようになりました。

例えば親は子よりも英語に接した機会が多いので親が子にその差分だけ教える。

近所のおじさんはお父さんお母さんよりまた少しだけ英語に接する機会が多いのでその差分をお父さんお母さんに教え、その新たな差分を再びお父さんお母さんが子に教えたり、そのおじさんがダイレクトにその子に教えたりして子供たちは学んでいく。

といったようなケースです。

それというのも貧しい国々では我が国の様に教育制度や教育を受けられる家庭環境がそれほど整っていないからです。

それでも多言語国家等で共通言語としての英語を生活必須アイテムとして取得しようと思ったら「教育制度の拡充と家庭環境の改善」等あてにもできないし待ってもいられないからです。

そういう意味では逆に我が国では教育制度が「余りに早期に整いすぎていた」が為に、そうした貪欲さが生まれてこなかったのかもしれません。

わかり易く言うと

「ちゃんとした英語は親や近所のあてにならないおじさんなんかが教えるものではないからきちんとした学校で「のみ」教わってきなさい。そして又そうあって然るべきだから」

という訳です。

なので、我が国では教える側の人口と場所が限られ、且つ又そういった場所で教わる正しい英語以外は絶対にしゃべっちゃダメといったような風潮が出来てしまい、ある意味隔離された純粋培養状態が生まれ、生活の中で実験しながら身に着けるといった習慣が育たなかったのではないかなと独り、推測しております。

2022/1/14

(うときゅういっきの「オマケの英語教室」port再び)

以前にも記事でportについて書いた記憶がありますが、

Portは日本語で「港」

Airport は「空港」

Passport は「通行証」

みんなport(港)がついています。

英語ができた時代には当然船しかありませんから、Airportは飛行機が世界を行きかう直前に「空の港」という事で船関係の単語即ち「港(port)」から派生して作った英単語でしょう。

Passportは読んで字のごとく港をpass(通行、通過する)手形、即ち「通行証」となります。

他にはホテルなんかで荷物を部屋まで運んでくれる人への心づけとしてporter chip(=chipfor porter)というのがあります。

この荷物を運んでくれる人、わが国では、自分が子供の頃に、駅で重たい手荷物を列車まで運んでくれていた「赤帽さん」なんかも含まれが、総じてみなporterと呼びます。

要するに重たい荷物を運んでくれる人の事です。

是にもportがついているのは、おそらく昔、港湾で船積みの仕事をしていた人を指していたからでしょう。ですので、そこからの派生か転用だと思われます。

(今コロナ禍ではこのporterという語の元となった港の港湾労働者が集まらず船への荷積み、船からの荷下ろしが進まないことで物流網停滞が起き、物価上昇が発生する主要因の一つにもなっているようです)

と、ここまでは名詞形ですんなりとわかり易いのですが、形容詞形で意外なものがありました。

それはportable

で、和訳は「携行用の」です。

ポータブルテレビとかポータブル電源とかありましたよね。

もし「携行用の」が分かりにくければ「持ち運び可能な」がわかり易いかもしれません。

で、ここで今一度英単語のportableを見てみると

Port + ableで構成された形容詞だという事がわかります。

Ableは「できる」「可能な」という意味を表します。Be able to ~で「~ができる」と教わっていると思います。そのableです。

ではportは何かといえば言わずと知れた「港」です。

「港が出来る?」「港をできる?」「港でできる?」なんのこっちゃ?

と思われるかもしれませんが、こう訳すとわかり易いかもしれません。

「港から港へ手軽に運べる」

これまで記した内容から容易に想像がつかかれるかと思うのですが

「昔、重たい荷物の外国への運搬は全て船」でした。つまりすべて港経由だったわけです。

ですので「港から港へ容易に持ち運べる」ものへの形容(嗣)としてportableとあらわすようになったのではなかろうかと思っております。

このように、語感に焦点を当てることで幾つかの単語を纏めて体系的に(歴史的背景を持ったストーリーにして)覚える事も可能になるかと思います。

よかったらお試しくださいませ。