2021/7/31

(うとQ世話し ズバリ書いたら?)

何でこういう大切な事に限って我が国国民向けに英語の、しかも略号でSDGsとか書いたりするのでしょう?メディアは。

外国なら分かりますが、よりによって我が国国民向けに。

こう書いただけで

「あっ、自分には関係ない話だ」

と鼻から思ってしまう人が多くなる事くらい分かりそうなものなのに。

(事実、この社の電子新聞版の記事アクセスランキング10ではほぼ最下位でした)

思うに、この時点で書き手が余り「本気ではない」「どうしても伝えよう」という意思がない事が見え見えの様な気がします。

もし本気で、どうしても伝えようと思っていたら、もっと分かり易く、もっと興味を引く様な工夫や手立て、表現法やキャプションの選択に相当な気配りや気遣いをしている筈でしょうに。

それが全く見当たりません。

他にもコロナ対策だとか、気候変動「問題」

環境「問題」

危機「管理」

等と個別一品でバラバラ扱いしたりもしています。

是って根っこは一緒じゃないでしょうか?

「人類の我が儘勝手が余りに酷くなり過ぎた当然の結末」

とか

SDGs=sustainable development goals (持続可能な開発目標)

英語略語最先頭で日本語訳が最後の括弧内等ではなく、ズバリ日本語のみで堂々と

「人類存続最重要事項」

と、きっちり書けば注目度も上がるし、アクセスランクももっと上位になるだろうに、と歯がゆい気持ちになってしまいます。

コロナ禍で大騒ぎをしている真っ只中、しかも自分自身飲食業で酷い目にしこたま遭っているのに、こんな「迂遠で的外れにも思える」事を考えるのは自分だけなのでしょうか?

少なくともSDGsでどの銘柄が上がるか?とか脱炭素社会を前にして有望な銘柄は?等というレベルの「セコイ話」ではない事だけは間違いないと思うのですが。

注記)

因みに、上述の「人類存続最重要事項」の英訳は

in the near future exist or not? We, humanbeings most important live matter

で、言ってみればちょっと前に大きな問題になったBLM(black livematter)ならぬHLMhuman beings livematter)ですが、上の文章には敢えてくっつけませんでした。

2021/7/30

(うとQ世話し 気候変動)

「夏草や兵どもが夢の跡」



「祇園精舎の鐘の声

諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色

聖者必衰の理をあらわす

奢れる物久しからず

只、春の夜の夢のごとし」

といわれるように、人間界は生々流転、その定まるところを知らぬのに対し、

悠久なる自然界の天地運行は「変わることがない」と思われていたのは今までの話で、今現在は

強烈台風の連続来襲、豪雨水害の多発、猛暑日の連続等に始まり、つい最近身近で経験したのは、例年に比べて早い梅雨明け後、7月中頃の「これからが盛夏本番」と思わせる猛暑日の昼に、何と「夏の終わりを告げ、秋の始まりを知らせる」秋津(赤とんぼ)が群れをなして飛んでいる姿でした。

加えて外は猛暑なのに、室内には涼やかな風が入ってくる、これまた炎熱涼風の併存。

夏と秋が同時スタートの「不可思議」以上に「怪」又は「怪奇」

もはや悠久なる自然界の天地運行すら定かではなくなってきている「底知れぬ不吉な予感」

気候変動を甘く見てはなるまい。

一線を越えたが為の

「覆水盆に返らず」

「時、既におそし」

となる前に、そのことに気づいて認識転換をし、それに基づく行動を起こして

結果

「雨降って地固まる」

レベルに止め置くことが「後代への責務」

と思う今日この頃でございます。